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2018年5月16日 (水)

いつかストーリー小学校編〜悔やんでも悔やみきれない過去

こんにちは自分ミッション深掘り中のインストラクター、いつかですミッションが分かったら、この憧れの囲み枠に自己紹介を入れるよ〜〜〜

さてさて第3話。

最初から読みたいよ!!という方はこちらを読んで下さるとウレシイです

明日から始まるいつかストーリー
いつかストーリー第1話空想ガール編
いつかストーリー第2話気分はエロ監督妄想ガールのごっこあそび編

とその前に。この写真、何だと思います??
まぁ見たまま、消しゴムなんですけど
昨日娘がコレを見せて来て。
ウヘヘヘ。じやーん。オッパイとおヘソを描きました、後ろは、お尻ですウヘヘヘ
と、めちゃくちゃニヤニヤしながら言って来たんですね。
昨日と言えば、私がお恥ずかしながら過去のエロ監督経験気になる方は昨日の記事を公開した日。
コレ、公開するのにかなり抵抗があったんだけど。
なんか娘のエロ消しゴム見たら子どもって、普通にエロい事大好きなんだな。。。
って思って。なんか40年近くちょっと恥ずかしい過去として来た自分を鼻で笑いました
でも、このストーリーを書こうと思わなかったら、一生恥ずかしいと思ったままで閉じ込めていたかもしれない、出会えなかったかもしれないこの気持ち。
過去の自分をちょっとカワイイじゃん。と思えた事。有り難いなぁ。。。と思いました。

さて、今日は重いんです。

いつかストーリー第3話小学校編〜悔やんでも悔やみきれない過去

エロ監督を経て、小学校に入学します。
脳内のエロ監督など存在しないかのように、絵にかいたようないい子。
想像力豊かで、表現力豊か。人と違った個性を持ち、姿勢もいい。
声も大きく、挨拶もしっかり。字も絵も大きくしっかりとしている。

こんな感じかな。。。

特に成績が良かった訳でもなく、可愛かった訳でもなく。
身長は後ろから3〜4番目くらいで、がっちり骨太。
ちょっと個性的なしっかりした子。そんな子だったと思います。

誰とでも楽しく付き合い、放課後も大勢で遊んでいました。

クラスが変わる度に、まる子ちゃんとたまちゃんの様に毎日一緒にいてくれる仲良しさんにも恵まれ、特に大きな問題などもなく楽しく過ごしていました。
母はと言えば、妹が幼稚園に入ったものの、登園拒否などで問題を抱えており、祖母とも上手くいっていない様でした。

私が3年生の時に祖母と両親との間に大きな問題が生じたらしく、4年生になる春休み、私たちは祖母との同居をやめることになりました。

引っ越し先は学区内の、同級生のご両親が運営するアパート。
2DKくらいだったかな。4つある部屋の一室に引っ越しをしました。
それまで20分以上をかけて登校していたけれど、引っ越し先は学校から近く、5分くらいのところに。
(この頃、学校に近い程都会もんの様な雰囲気があり、少しステイタスが上がった気がしていました)

同じ学年に居ながら初対面だった大家さんの娘とも仲良くなり、隣にある大きなお家でもよく遊ばせてもらいました。
それからもう一人。唯一の未だに連絡を取っている小学校時代の友だち、アスカともこの大家さんの娘であるレイコを通じて仲良くなったのです。

引っ越しをした春休みの間に知り合ったアスカとはめでたく同じクラスになり、アキという友だちを含めた3人で、仲良し3人組ができました。

そんな平和に暮らした4年生の後半まで。
わたしの平和な日は変わり始めます。
仲良し3人組で階段を下りていると

ちょっと待ちな
今思うと笑っちゃうけど、本当にこう言われたの

上級生数人に呼び止められたのです。
階段の上に居たのは、ひとつ年上の、地域で一目置かれているバレエボールクラブチームのメンバーでした。

あんた、生意気なんだけど
確かこんな言葉だった。頭の中が真っ白になり、とても怖くなりました。

本当に怖かった。

怖くて何が起きたのか理解が出来なくて、泣きながら家に帰りました。

だけどもっと怖かったのは

生意気だと言われた自分でした。

一緒にいてくれた3人組の中で、わたしだけの名指し。

何をしたわけでもないのに、そんな風に言われた自分が怖くなって。
自分の中に思う節があったのかなかったのか、覚えていないけど。
そう言われてしまった自分を責めて、逃げ場のない自分との戦いが始まりました。

わたし、生意気に見えるんだ
わたし、生意気に見える様な事をしてしまっていたんだ
わたしは生意気な人間
わたしは名指しで呼び出しをくらった人間
他の誰でもなく、あの人たちから名指しで生意気だと見える人間なんだ

そんな思いが渦を巻き、自分を責めまくりました。
なんでわたし??どこが??とは思う事が出来ず、自分の中の、生意気人間をせめてせめて、誰にも言えませんでした。
人を睨みつける目線の練習をして、どんどん人を嫌いになって。
5年生になると、一番自分らしく一緒に居られたアスカともクラスが離れてしまい、ムカツク奴とは口を利かなくなりました。

でもこの頃はまだ、仲のいい子も居て、お楽しみ会なんかではモノマネを披露しようと友だちの家で集まったり。
紙吹雪を準備したり、歌や踊りの練習をした事もありました。
ある時また同じ先輩がやって来て

あんた、ちゃんと、喧嘩したんだって??

と、また囲まれました。
バトルモードに突入した私と、同等に争うリーダー格の子。
彼女もまた、バレエボールチームのメンバーでした。

そのうちに、ムカくつことやムカツク奴を、探しながら生活する様になりました。
敵か味方か、クラス中がそんな標的になって、私と他のリーダー格の数人に入れ替わり立ち替わり、取り巻きが付いては離れて。
呼び出し、悪口、無視のバトルが絶えなくなりました。
あんなに仲良くしていたアキともそんな戦いが始まってしまいました。
先輩たちは中学生になってもやって来て、囲まれたり、私を見つけては睨んだりして来るようになりました。

卒業を間近にした2月3日。
給食で豆まきの豆が配られたその日。
入れ替わり立ち替わり、私の味方でいてくれた友だちを含めた全員が、わたしに背を向けました。

全無視をくらったのです。

自業自得だったので、キツかったけど仕方がありませんでした。
罪悪感でいっぱいで、そりゃそうだと自分に言い続けて、だけど弱みは見せたくないとも思っていました。
母は私が被害者だと思っていたらしく、担任に相談したりした様だったけど。
いっちゃんが可愛そうと勘違いしている母に、加害者だったとは時間が経ってからしか言い出せませんでした。

実はこの時、隣の市の県営住宅が当たり、引っ越しが決まっていました。
中学校入学と共に、クラス、学校の全員と離れて全く知らない中学校に入学する。

卒業までの1月間

わたしは男子以外の誰とも口を利かず、もちろん引っ越しの事も誰にも言えず。

卒業式の日、担任からの一言で引っ越しを告げられたけど

誰一人にも惜しまれる事なく

その地域から離れることになりました。

2年間に及ぶ、学級戦争が終わりました。
自分の事が大嫌いになり、罪悪感と共に暮らす長い長い後悔の始まりでした。
この時の経験は、私の中で今でも続く、しこりになっています。
誰かに出会う度、いつかっていいよね!!と言っていただく度

でも私は、こんなにもこんなにも嫌なやつだったんだ。
だから誉めないで。だから、幻滅しないで。
いつもいつも怖くて。

数年前までは、人に出会って仲良くなる度にこの事を告げていました。
この事を知らないまま仲良くなってしまったら、なんだか嘘を付いている様で、この事を打ち明けるまではいつも罪悪感に押しつぶされる様な気持になっていました。
夫と結婚する前にもこの事は聞いてもらっています。

小学校の頃の事をそんなにも反省して思い続けてるって、いつかは優しい奴だよ。と言ってくれた先輩がいました。
許される事はないけど、とてもありがたい言葉でした。

今このブログを書いている私も、この事を書くのはとてもとても怖くて情けなくて、申し訳ない気持ちが溢れます。
もしあの時、私の隣に大人になった今の私が居てあげられたら。
どんなに恥ずかしくてもどんなに苦しくても、みんなに謝って、さよならを言ってごらん。
そうやって謝れるまで、側にいて謝らせてやりたかった。
そう思います。

2年間に及ぶ学級戦争を終えて小学校を卒業した私は、誰にも言っていなかった引っ越し先の中学校に入学しました。
引っ越しが済むまでの1月間、元の家から約1時間ほどかけて、バス通学をしました

小学校の隣にあったヤンキー中学とは違い

靴下は白のくるぶし丈。
スニーカーも白。
なぜかバッグは自由。

中学校はひとつのマンモス小学校からそのままの繰り上がり。
メンバーの変わらないままクラス替えの様な感覚で、進学する学校でした。
ほぼ全員が顔見知りの中にポツンと見かけない顔の私。
顔見知りとは言え、中学に進学して自分たちも新しいネットワーク作りに忙しい。
途中からの転校生ではないので特に紹介されるはずもないので誰あいつ??といった雰囲気でした。
周りにいた全ての友だちを失い、恨まれ、罪悪感でいっぱいだった私が自分から誰かに近づける訳もなく。
誰も信じず誰にも近づかず。
話しかけてくる奴は何か裏があって、後で馬鹿にしたりするつもりだろうとか、そんな風に思っていました。

なので私の思い通り、誰も近づいて来ないし、少し話せるようになった相手もすぐに離れて行く。
仲良くなりたくても、きっとその後の不安ばかりを想像して付き合っていたんでしょうね。
わたしの思考通り。
思考は現実化しました。

誰の事も心から信じる事のできない、さびしい中学校生活でした。

そんな中でも劇団に入りたいという夢は持ち続けていた私は、演劇部に所属していました。
初めて本格的なお芝居の発声方法を学んだり、早口言葉を練習したり。
演じることへのステップを学べる事はとても嬉しかったです。
人数の少ない部だったので、自分たちにも演じやすいように脚本を書き直したりする必要があり、その過程でストーリーの繋がりやセリフ、作品自体の持つメッセージを深く読み込んだりする事にも喜びを感じていました。

主人公の心の叫びをムンクの叫びのイメージに繋げ、大きな舞台装置を作った事も印象に残っています。

夏には幼いころから繋がりの合ったコミュニティでのキャンプにも参加し、その友だちと集まる事も、学校で友だちの少なかった私の楽しみでした。
本当に嫌な奴だった私の過去をお読みいただき、ありがとうございました。
嫌な気持ちになったり、怒りを覚える方もいらっしゃったかもしれません。
ありがとうございました。

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